輪中渡船めぐり(岐阜県海津市、愛知県愛西市)
小学校の社会科(地理)の勉強で印象に残るのは、木曽三川下流域の輪中。木曽川、長良川、揖斐川が合流する低地帯で洪水が絶えないため、田畑の周りに堤防(輪中堤)を張り巡らせ、堤防の中の水深の深い田んぼは小舟を使って耕す…。輪中は合流した川の中の小島のようなのものなので、当然周囲との行き来は船に頼るわけです。印象深さのせいで、そのような暮らしをしている人がいるような気がしたものですが、それは江戸時代の話。明治に入ると輪中は衰退し、今では一見普通の田園地帯になっています。
そんな中でわずかに輪中らしさを伝えるのが長良川、木曽川に三つずつ残る渡船。中でもそれぞれの最下流に二つずつある渡船は、輪中地帯のど真ん中に位置するものです。昔は往来に欠かせない乗り物だったはずですが、輪中がなくなり自動車での移動が当たりまえになった今では、日常の足として使う人はほとんどゼロ。長良川、木曽川の最下流、それぞれ二つの渡船は2010年度いっぱいで廃止が決まってしまいました…。遅まきながら2010年9月26日と11月27日の2回に分けて行ってきました。
2011年2月12日追記。訪問したとき廃止が決まっていたのは長良川(岐阜県)の2渡船だけだったのですが、木曽川(愛知県)の2渡船も2010年度末で廃止が決まりました。その旨修正しました。
場所はここ。
より大きな地図で 輪中の渡し船 を表示
この付近は、1900年(明治33年)ころに分流工事が完成するまで木曽川と長良川がいっしょになっていたところ。分流工事の完成とともに渡船も木曽川部分と長良川部分に分かれました。今でも木曽川の渡船と長良川の渡船が組になっています。上流(地図の上側)の渡船は、木曽川、長良川とも「日原渡船」と名前も同じ。下流(地図の下側)は木曽川が「葛木渡船」、長良川が「森下渡船」となっていますが、こちらももともとは一つだったもの。ちなみに長良川と木曽川の間は土手と木がうっそうと茂る川原しかありません。
今回紹介する四つの渡しは駅からも遠く、バスの便もかなり不便。おまけに長良川の日原渡船と森下渡船は二日前までに要予約。ふらりと行って乗るものではなく、何日も前から計画して利用する、しきいの高い乗り物になっています。以前紹介したより上流にある長良川の小紅の渡しと木曽川の西中野渡船は、近くをバスが頻繁に通り、対岸もそこそこバスの便があるのと対照的です。
葛木渡船と森下渡船
では、まず9月26日に乗った最下流の渡船から。当日はまず木曽川の葛木渡船、次に長良川の森下渡船に乗って、木曽川から長良川に抜けました。葛木渡船の運航日は、土・日・水曜。運航時間は午前8時から正午までと午後1時から午後4時半(11月から2月)または午後5時(3月から10月)まで。運航日、運航時間とも2010年4月から減ってしまいました…。
葛木渡船の乗り場までは、名鉄津島線の津島駅から歩いて行きました。1時間20分ほど。最初の20分ほどは天王川公園や津島神社という見どころもあるのですが、そのあとは、水田や蓮田の中をひたすら歩くことになります。
歩くのがいやな方は、名鉄尾西線の佐屋駅(バス停は佐屋駅南)から地元自治体が運行する愛西市巡回バスの立田ルートも利用できるようです。もよりのバス停は葛木町長池。料金はただ。ただし巡回バスは、日曜運休で1日2本。さらにいろんなところを巡回しながら走るので1時間ほどかかります。津島駅からタクシーを使ったほうがよいかもしれません。2000円弱で10分くらいのはず。
さて、津島駅から県道を道なりに進んで土手のうえに上がると、渡船の看板と事務所が見えてきます。「愛知県営葛木渡船」。ここは愛知県の県道の扱いで無料(県がお金を出す)。運航管理は愛西市役所建設課。実際の運航は地元の渡船組合ということになっているようです。
中の人にお願いして、渡船を出していただきます。
こちら側は木曽川の左岸。対岸は木曽川の右岸になります。船は「第 葛木丸」という名前でした。「第」と「葛」の間には数字を消したあとのような間が空いていました。
運航は二人がかり。準備が整ったので出港。
去りゆく左岸。
進行方向。
5分ほどで右岸に到着。
去っていく船。
土手から見た葛木渡船乗り場。
発着用に造られた石垣とコンクリの乗り場が目印ですが、看板があるわけではないので、見落としてしまいそうです。旗や鐘とといった呼び出し用の道具もありません。対岸の渡船小屋に電話(090-8861-7303、運航時間中のみ利用可)して来てもらう必要がありそうです。ただ、渡船小屋に電話が必ずつながるとは限らないので、実際にこちらから利用するときは、事前に愛西市役所建設課(0567-28-7278)に電話して、「×月×日×時ころに長良川側から渡りたいのですが、どうしたらいいでしょう…」と相談(それとなく予告)しておくことをおすすめします。事前に渡船組合に予告が伝えられて利用がスムーズになるのではないかと思います。私が「長良川側に渡るのですが…」と市役所に問い合わせた情報は渡船小屋に伝わっていました。
さて、土手の上の道路に上がると、長良川側に今乗ってきたはずの「葛木の渡し跡」の碑が。
実は、木曽三川の分流工事の前、今渡ってきた木曽川の場所は田畑と集落で、葛木の渡しは現在の長良川(当時の木曽川+長良川)にかかっていたようです。
ちなみに当時のようすがわかる展示(地図)があとで見物した海津市歴史民俗資料館にありました。
現在の地形図に分流工事以前のようすを重ねたもの。濃い水色が分流前の川で薄い水色が現在の川。葛木の渡しは、「67」(立田輪中)の今は木曽川になってしまった葛木集落と「50」(高江輪中)の森下集落を結んでいたはず。もともとは、これから渡る森下渡船が葛木の渡しに相当していたわけですが、新しい木曽川の開削とともに葛木集落が後退してしまったので、葛木に行かなくなった葛木の渡しは森下渡船と名前を変えたようです。
その森下渡船に移動しましょう。土手を上流に歩くと廃墟のような小屋が。
たぶん森下渡船の渡船小屋だったのではないでしょうか…。そこでそばのけもの道みたいな道を伝って長良川へ。
こんなところに出ました。
ホントにこんなところに来るんだろうか…といまいち自信がなかったのですが、とりあえず待ってみることにしました。
こちらの森下渡船は、岐阜県道扱い(県がお金を払うので利用者は無料)の海津(かいづ)市管理で地元の渡船組合の運航。2日前までに予約の必要があるので、私は4日前に海津市役所に電話してお願いし、日時まで約束していました。場所を間違えていても船から見えるところにいれば、正しい場所を教えてもらえるはずと考えたわけです。
と、上流から渡船らしき船が。
森下渡船は、日原渡船から船が出張でやってくるため、対岸ではなく上流からくるのはいかにもそれらしい…。
やっぱりそうでした。船頭さんと市の職員さんの二人がかりでやってきてくださいました。県道といえどもちょっともうしわけない…。船が浜に着くと板を渡して(トップの写真)、そこから乗りこみます。
さっそく出発。さりゆく船着き場。
「よく場所がわかりましたねえ」と感心されちゃいましたが、はっきりいってまぐれです…。というか、いまだにあれが正しい船着き場だったのか、半信半疑。
上流側のながめ。
下流側のながめ。
こちらの渡船の所要時間は4分ほど。海津市側はコンクリの入江になっていましたが、やっぱり乗り降りは板。板を渡していただいて下船します。
渡船は上流に帰って行きました…。
予約の電話をしたときの話では、この渡船の利用者は2010年4月から9月までで私を含め3組だけだということです。予約制で使いにくいというのもありますが、2011年3月31日限りで廃止になってもしかたがない利用者数ですね…。市の職員の方が、(たぶん)運航した記録を残すために、デジカメでパチパチ撮影されていたのが印象的でした。
さて私は、このあと20分ほど歩いて海津温泉へ。そこで昼食を取ったり温泉につかったりしたあと、海津市営バスで海津市歴史民俗資料館へ。実物の堀田(ほりた。沼みたいなとこの底土を寄せて水深を低くしたところで稲を育てる田んぼ)を見たり嫁入り舟を見て感心したあと、5分ほど歩いた海津庁舎バス停から市営バスで岐阜羽島駅に抜けました。海津市営バスの運賃は、距離にかかわらず1回100円。
なお、海津市側の森下渡船乗り場から歩いて5分ほどのところには、海津市営バス海津東回り線の森下バス停があります。ただし、あんまり便利ではないので、よほど都合が合わない限り海津温泉まで歩いていかれることをおすすめします。海津温泉は多数のバス路線が集まるので、海津市内としてはわりと交通便利なところだからです。
もしタクシーを呼ばれるのなら、「森下渡船」といっても通じないかもしれません。そのときは、土手を超えた「森下排水機場」で待ち合わせるか、それでもだめなら地図を見ながらタクシー会社がわかってくれるランドマークまで移動するしかないでしょう。森下渡船に向かうときは、地図を用意してお願いすれば確実です。
念のため繰り返しますが、森下渡船、葛木渡船とも2011年3月31日限りで廃止です。森下渡船は2日前までに海津市役所に予約しなければ乗れません。また葛木渡船は土日水曜のみの運航です。くれぐれもお間違えないように。
二つの日原(ひわら)渡船
葛木・森下渡船の2kmほど上流に、長良川、木曽川にそれぞれ同じ名前の「日原渡船」があります。2010年11月27日に乗ったときの報告です。
こちらの二つの日原渡船は、明治の木曽三川分流工事前は一つの日原渡船だったもの。海津市歴史民俗博物館の展示にあった、分流前のようすを現在の地形図に重ねたもの。
もともと日原の渡しは、岐阜県の日原輪中の日原集落と愛知県の立田輪中の塩田(しおた)集落を結んでいました。こちらは葛木・森下渡船とは逆に岐阜県側の日原集落が削られて新長良川ができたようです。日原に直接渡らない木曽川側は「塩田の渡し」と呼ばれることもあるようですが、正式名称は「愛知県営日原渡船」。
運航時間や乗り方は下流の葛木・森下渡船と同じ。長良川の日原渡船は2日前までに海津市役所に要予約。私は5日前に電話でお願いしました。木曽川の日原渡船は土日水曜の午前8時から正午までと午後1時から午後4時半(11月から2月)または午後5時(3月から10月)まで。私は愛西市役所にそれとなく予告しようと思っていたのですが、忘れました…。
長良川の日原渡船のもよりバス停は海津市バス海津東回り線の長瀬。海津東回り線とほかのバス路線の乗り換えは「海津温泉」か「海津庁舎」が便利。私は、岐阜羽島駅から海津市営バスでたくさんある日本三大稲荷(候補)の一つ、「お千代保(おちょぼ)稲荷」へ。お千代保稲荷を見物したあと、上流(かみながれ)バス停まで20分ほど歩き、海津東回り線で長瀬に向かいました。
東江郵便局のそばの長瀬バス停で降りると土手の上にそれらしき小屋が見えます。向かってみると今は使われていないようすの渡船小屋でした。
小屋の中には昔の「日原渡船規定」が。
乗客と牛馬を同船させてはならなかったんだ。牛馬も利用していたのだろうか。定員18名とあるけど、牛馬は1頭何名分だったんだろうか…。
こちらが現在の案内。
土手の上の渡船小屋(跡)まで行くと川岸で二人の人が手を振っていたので向かいます。
下流の森下渡船と船が同じなのはもちろんのこと、船頭さんと市役所の職員さんも同じかたでした。もうしわけない…。
森下渡船と同じように板を渡していただいて乗船。
さっそく出発です。

4分ほどで対岸に到着。
左岸(木曽川との間の堤防)側の船着き場。
森下渡船にくらべれば、かなり船着き場らしい。それもそのはず、長良川の日原渡船は森下渡船にくらべずっと利用客が多く、2010年4月から11月で10組が利用したそうです。でも10組だとやっぱり2011年3月限りで廃止はなっとくですね…。
帰っていく渡船を見送って、木曽川の日原渡船へ歩き始めます。
土手への途中で振り返ってみたところ。
かなり道らしいふんいき。
土手に上がると、そこには「河口から20km」の看板。そして下流側にそれらしき小屋が。
行ってみると、荒れ果てた渡船小屋。
でも、こちらには必要最低限の情報は掲示されていました。実は、木曽川の日原渡船の渡船小屋の電話番号を、たまたま知っていた長良川の日原渡船の船頭さんに教えていただいていたのですが、こちらにはその番号も掲示されていました。電話すればこちらに来ていただけそうなので、ひと安心。ちなみに電話番号は090-7309-7908(運航時間中のみ連絡可)。
小屋のわきの小道を木曽川へ歩いて行くと船着き場が。
ここで電話したら、首尾よくすぐ電話に出ていただけました。お願いして来ていただけることに。でも、船頭さんは電話でお願いされることはめったにないはずなので、ときにはすぐに電話にでていただけないかもしれません。右岸から渡るときは、あらかじめ海津市建設課に電話して渡りかたを相談(それとなく予告)しておかれることをおすすめします。
やって来たのは第八塩田丸。
へさきから乗り込むと、さっそく一路塩田へ。
5分ほどで塩田に到着。
こちらが渡船小屋。
渡船小屋で県のアンケートに協力したついでに伺ったのですが、こちらの渡船の利用者は岐阜県側にくらべればけた違いに多く、11月1日から27日(午後2時ころ)までで100人ほど利用したそうです。でも冷静に考えるとそれまで土日水曜の運航日は11日なので、1日当たりの利用者は10人程度。県道として実用的な意味はほとんどないとはいえ、やっぱり少ない…。
私はこのあと1時間ほど歩いて名鉄尾西線の町方駅まで。歩くのがいやな方は愛西市巡回バス(無料)の八開ルート「塩田(下)」バス停が近いようです。名鉄津島線の藤浪駅まで約15分なのですが、日曜休みで1日2-3本。ちなみに町方駅はタクシーが待つような駅ではないふんいきだったので、日原渡船までタクシーで行きたい方は津島駅で降りたほうがよさそうです。たぶん10分、2000円くらいのはず。
念のため繰り返し申し上げておきますが、長良川、木曽川の日原渡船はどちらも2011年3月31日限りで廃止が決まっています。長良川の日原渡船の利用には海津市役所に2日前までの予約が必要です。木曽川の日原渡船は土日水曜のみ運航。くれぐれもご注意ください。
というわけで、(たぶん)江戸時代からの伝統がある森下渡船、葛木渡船、二つの日原渡船もまもなく終わり。輪中時代をしのべるのも、あとわずかです…。
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コメント
金太郎です。3月28日に長良川の方を乗りに行って来ました。本報告で3月一杯で廃止の情報を入手したので即実行予定にしていた所、11日に東日本大震災、交通マヒに陥ったので廃止ギリギリでの訪問となりました。が、しかし<残り物に服が有る>28日はピーカンの晴れ、風も無く絶好の渡船日和でした。前日は可なりの人がニュースで知って来られたと船頭さんが言ってました。小生は大垣夜行で行き、養老鉄道で石津に出ました。市の職員に日原渡船9時10分と約束していたので、石津駅から日原の渡船場まで徒歩で90分かかりました。養老山地、伊吹山脈を眺めながらノンビリ歩いて・・・二年ほど前に木曽川の方は乗船済みであったので日原渡船は対岸まで二分ただちに折り返して森下渡船まで貸切で南下して頂きました。貴兄のリポートの如く県の方に報告するので写真を撮らせてほしいと・・・本日は私一人、明日、あさっては多いと・・・森下から海津温泉まで徒歩、ゆっくりと温泉に浸かり、一杯飲んで12時のバスでお千代保(おちょぼ)稲荷へ、TVで見た大学芋にいちゃんは閉ってました。ここで一時間ほど時間調整し次のバスで岐阜羽島駅にでて、⇔海津コミュニティバスは一回100円なので羽島駅まで可なりの距離でしたが、100円何か得した気分でした。此れで東海3県の渡船は終了しました。残るは渡船と言うか、巡航船というか、志摩の的矢の渡しが残るのみ。5月に臥龍の渡しを探訪する予定なので帰りに廻って来ようか? 所で貴兄には的矢の渡しは終了済みでしょうか?もし終了ならばレポートをお願いします。
投稿: | 2011/04/03 16:13