マレーシア

2008/05/26

サバ州営鉄道でボルネオ観光

P7110149ボルネオ島北部(マレーシア領)には現在も鉄道があります。日本から直航便も飛ぶ観光地コタ・キナバル(Kota Kinabalu)から内陸の町テノム(Tenom)まで134キロを結ぶサバ州営鉄道です。ちょっと古いですが,2002年7月11日から12日にかけて乗ってきました。

日本を出発したのは7月9日だったのですが,途中クアラルンプール,シンガポールと寄り道をしたため,コタ・キナバルに着いたのは7月11日の真昼12時ころ。サバ州営鉄道の始発駅タンジュン・アル(Tanjung Aru)はコタ・キナバル空港と市街のちょうど真ん中あたりにあります。そこで空港からまっすぐタンジュン・アル駅に向かいました。ブースでチケットを購入する方式の乗り合いタクシーに乗ったと思います。12リンギ(当時のレートで371円)。マレーシアの当時の物価からすると高かった…。
P7110112P7110113タンジュン・アルではさっそく時刻表と運賃表をチェック。13時50分にテノム行きがあるので,さっそく乗車することにしました。

7.5リンギ(232円)でテノムまで,エコノミーのきっぷを購入。
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さらに冷房のない炎天下の移動を考え,ミネラルウォーター1.5l(2.8リンギ,87円)と,スプライト325ml(1.3リンギ,40円)を購入。
P7110114ちなみにタンジュン・アル駅には機関車に引かれるタイプの観光用車両(左)も止まっていました。が,私が乗ったのは,地元客用の気動車2両の列車(左)。
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中は,低めの背もたれのボックス席で,運転室前面の扉を開けっ放しで走るのでなかなか開放的です。かっこいい,というより,親しみが持てる感じですね…。
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P7110126まずは海岸線に沿ってビューフォート(Beaufort)へ。左は運転室の開け放しの扉から進行方向を撮ったもの。

ビューフォートでは,気動車から機関車が引く客車列車に乗り換え。お客さんもぐっと増えます。今はわからないが,当時は海岸から内陸に行く道路があまり整備されていなかったので,ビューフォートからテノムへパダス川(Padas Riv.)沿いに進む鉄道は生活の足として広く使われていました。

ただし,私が通ったときはちょうど,パダス川を渡る橋を列車が通ることができなくなっていました。そこで,橋の手前の駅(駅名忘れた)で列車を降り,橋を徒歩で渡って,対岸で待つ別の列車に乗り換えることになりました。
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さらに先を進むと,ラフティングのボートを載せた貨車に遭遇。後ろに連結して,引っ張っていきます。ここらへんは,ラフティングの名所でもあるようです。

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というわけで,午後6時過ぎ,4時間あまりでテノム駅に到着。

テノムは,ちょっとうらびれた感じのする町でした。スリ・ペルダナ(Hotel Sri Perdana)というホテルを見つけて宿泊。35リンギ(1082円)でした。

翌日12日,同じ経路でコタ・キナバルへと向かいました。
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ここまでの旅行は,誰にでもお勧めできるというものではありません。私としては,テノムで現地の食事がおいしく食べられなかったのがちょっとつらかった…。が,コタ・キナバルは,ホントに便利な観光都市でした。テノムの反動で,1泊227リンギ(7090円)の豪華ホテルに泊まっちゃいました。13日には路線バスに乗ってラフレシア見物,その後はサバ博物館見物。その翌日,日本に帰る前に,サンダカンに飛行機で行って(ちなみにコタ・キナバルから往復188リンギ,5891円だった),セピロク(Sepilok)オランウータン・リハビリテーション・センターで半野生のオラウータンを見物。こちらは,どなた様にも楽しめる旅行だと思います…。

ちなみに本筋とはまったく外れますが,オランウータンの生息域は,開墾によって圧迫されているのだそうです。その多くは油やしのプランテーション。その油やしから作った油は,日本でも洗濯用粉石鹸,シャンプー,普通の石鹸,食用油の材料として使われています。「洗剤やめて石鹸で地球にやさしいエコ」と日本人が言っている陰でオランウータンは困ったことになっているんですよ…。知ってました?

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